前田選手が大阪国際女子マラソンで19年ぶりの日本新記録。いろんな挫折を乗り越えての目標達成に、まずはおめでとうございます。
陸上競技はただ走るというような、身体能力をダイレクトに競うから、この競技を選ぶ人は結構ストイックな人かなと、勝手に思っている。
中でもマラソンは、1964年の方の東京オリンピックのアベベ(知ってる人も少なくなったでしょうな)が「走る哲学者」と言われたように、頬はげっそり、目は落ちくぼみ、腕は贅肉のかけらもなく、やや下向きに一点を見つめるように走り続ける姿は神々しさすら漂わせていた。
その点、野球にしろサッカーにしろ球技系は、身体能力は基本としても、さらに「うまくボールや道具を扱う」技能が結構な比重を占めるから、その練習は達成感やゲーム性が有ったりして、ある意味楽しく取り組める要素もあるだろう。ゴルフなんて最たるもの。
そうであればこそ、ジャンボ尾崎や頑張れ田淵君のようなスターも生まれる訳だが、彼らとて身体能力は優れているに違いないのだが、やはり「うまくやる」技術が超絶的に優れていればこそのスターではある。
この「うまくやる」要素がマラソンなら、例えば腕の振り方とか足の振り上げ方とか何だとか、きっとあるのだろうが、それでも100㎏の体重をカバーして余りあるような技術的なアドバンテージはおそらく考えられない。
筋肉を落とさない限度であれば100グラムでも軽い方が有利だろうし、そうであれば体脂肪率なんかは限度まで少ない方が有利だろう。
でも、日本の選手は本当に極限まで絞り込みすぎていないか、というのが、長年の私の疑問。もう少し余裕残しで強くなる方法ってないのだろうか。
というのも、諸外国の特に女子マラソン選手は、ママさんランナーで年齢も優に30オーバーなんて強い人が結構いるから、そういう方を見ていると、走ることの喜びみたいなものを体現しているようで、スポーツ本来の姿ってこうなんじゃないかと感じさせる。
またアフリカ系の選手なんかは家族の生活のために職業として走ってます、みたいな人もいるらしく、生活の半分は家庭人の生活、後の半分は選手としてのトレーニングや競技(賞金獲得)に励むらしい。
逆に言えば、今現在の人生の全てを賭けて、極限まで追い込んで、絞り込んでいかないと勝てないようであれば、競技をやるのに無理があるということじゃなかろうか、と思っている。
男子も同様で、実業団選手はおそらく諸外国のどこにも負けないほど練習に明け暮れていると思うけれども、世界は既にレベルが違うところで競っているのが現実だから、何か根本的に違うんじゃないかと思えて仕方がない。
私のようなど素人に何が分かる訳もないのだが、例えば野球やサッカーでいま世界的に通用する選手が大勢出てきているが、彼らの練習方法は相当に科学的に洗練されて来ているし、であればこそ世界的なレベルに追いついたのだろう。
マラソン界でも科学的な実証など当然行われているだろう。でも最近青学の原監督が言っておられたのが、青学が強くなって大学駅伝界が変わって良くなったと思うことの一つは「青体(体幹トレーニング)をいろんな学校が取り入れたこと」とのこと。逆に言えばそんなことさえ最近まで実行されていなかったということでもある。
長々とこんなことを書いたのは、要はこれ以上絞れないような体で42Kmも走るのは、長い目で絶対に体に毒だと思うから、もう少し普通の体で世界と戦える方法論を見つけましょうよ、と言いたいから。これでも応援してるんですよ。